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海外生活を送る僕に会いに家族がオーストラリアに来てくれた旅行話

家族がオーストラリアに来る オーストラリア
家族がオーストラリアに来る

皆さん、世界のどこかでおはようございます!ツヨシ(@tsuyoshi)です。

今回はオーストラリアに家族がやってきたシリーズの最後の記事となります。家族が海外生活を送る僕に会いにオーストラリアまで来てくれた話で、今回を機に感じたことを話そうと思う。

家族と暮らしていた5年前の僕にとっては非日常が今の僕の日常になっている事を改めて感じた。

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僕のセカンドホームLennox

の前に少しだけ最終日の話を。

最終日は僕が3年半のオーストラリア滞在の内2年過ごしているLennox Head。オーストラリアに来てからはロードトリップをしながら、転々どころかしょっ中、住む街や働く職場を変えていた僕が最終的に落ち着いた街。綺麗なビーチに程よい人口と街の規模に、静かさに、適度な外国人の割合とローカルのバイブス。なんとなく老後にするならこう言う場所に住みたいなって街に今から滞在できている感覚。

今回はシドニーのVIVIDを始めお祭りシーズン。レノックスでも3年ぶりとなるLove Lennox Fesが開かれていた。祭りの名前がもう素敵よね。僕自身も初めての参加。小さい街でもあるので、行ってみると知り合いによく会う。7,000人の市民が全員来ているのでは?と言うくらいに人で溢れかえっていた。とは言え、都会とは違い、余白があるのがいい。

家族がオーストラリアに来る

メインバンド演奏でこれくらいの集まり。僕が思う程よい街の規模が体現されている。それこそサーフィンをしながら音楽を聴いている感じは僕が日本で経験したのはグリーンルームフェスティバルくらいか。それはそうとこの日新しく知り合ったローカルは今年の日本でのフジロックに参加するとの事。残念ながらフジロックには行ったことがないので、他の部分でアドバイス。

それにしても所々に設置してあるベンチが星草(?)なのが非常に好みである。

家族がオーストラリアに来る

この日は一部ビーチエリアでお酒が飲める。スライスキュウリの入ったジントニックは結構好きだったりする。

家族がオーストラリアに来る

お祭りが終わってからはホエールウォッチング。この日も何頭も見えたが遠かったな。

家族がオーストラリアに来る

そして僕がこの約2年ほど働く職場(Williams Cafe)でディナー!フィルムカメラを渡して綺麗にとってもらえた試しが無いが、ブログに載せるには丁度いい画質なのかも知れない。

家族がオーストラリアに来る

こうして7日間が終わり、無事にBallina空港から日本へ帰国した。

日常と非日常

今回を機に改めて感じたのはココ。人は現在の日常に強く依存する、非常に面白い。5年前の僕からすれば今の日常はとてつもなく非日常で、そんな昔の僕が思う非日常ってのに5年もすれば慣れてしまうという事実。具体的に話すと家族や友達に簡単に会えないことも大きな変化の一つ。少しだけ過去数年の僕の話をする。

なんだっけな?トゥルルトゥールルみたいな名前のパンデミック前の1年はカナダで過ごしたり、アメリカ大陸をロードトリップしていた。ビザが切れるタイミングと共に中国国内でパンデミックが始まり、恐らく日本へは帰れるはずだから、今日本を出ておかないと海外に行けないかもと直感した僕は急いでオーストラリアに飛んだ。他の国ももちろん候補にあったし、あわよくばオーストラリアには1年の滞在予定だった。とは言え、オーストラリアなら最悪2年居られる事もあり、とりあえずオーストラリアを選んだ。渡豪後、ワーホリメイカーに3年目のビザ発行という新制度が導入されたことを知った。その頃には粗方の国境が閉まった。僕の選択肢は大きく2つ。コロナ禍をオーストラリアで過ごすか、日本で過ごすか。僕は実際に行ってみて、ファームで働いている日本を含めた外国人(ローカルではない人という意味)に強く苦手意識を感じたので、ワーホリのビザ延長はしない方向で考えていた頃にパンデミックビザなるテンポラリービザが発行された。何にもズルズルとオーストラリアで過ごしていたわけではなく、国内をたくさん旅行した。まだWAには行けていないが、オーストラリア大陸を大まかには見て回った。そしたら予想以上にオーストラリアの事が大好き、いや、だぁーい好きになってしまったのが今の僕である。

家族がオーストラリアに来る

脱線すれすれのだらだらと長い今の話はここ数年の僕が主人公としての話で、これこそが5年前の僕からしたら非日常だった日常だ。ここまで読んでくださっている皆さんはこの話を聞いてどう感じただろうか?

わかるぅ!私もそうだよ!なのか
兄貴がそんな感じだわぁ!なのか
息子がこんな生活を送りたいって言ってる!なのか
世の中こういう人もいるよね?なのか

この感想すらも現在のあなたの日常に依存していると思う。

次に僕の家族にピントを合わせてみる。

当たり前に日本で生まれ育ち、日本で暮らしている家族からすると永住先を見つけた訳でもなく、その場で拾ったチャンスを握りしめつつ、”その年暮らし”している僕を見てどう感じるのだろうか。会いたくても帰ってこないし、じいちゃんが死んだ時も帰ってこなかった(厳密には帰れたけれど、隔離制度のせいで、どの道間に合わない)。家族からすると非日常を過ごしている僕。

そんな家族が僕の職場に食事に来た。明らかにオーダーを待っているお客さんがいてもぺちゃくちゃしべっちゃったり、何か食べたり、お酒飲みながら働いている上におしゃれな私服姿。一緒に働いている友達ってのもあるけど、肘ついて話しちゃったりする状況を見て、特に母ちゃんはこんな感じなん?自由やねんな。と驚いていた。振り返ってみれば僕が10代の頃に海外に行ったり、留学していた時も同じ様な驚き方をしていたのかも知れないが、今は気になりすらしなかった。改めて人は日常に強く依存すると感じた。

あの子暫く帰ってこぉへんと思うねんか、さかい うちらが行こうか(僕は関西弁話せないので想像 笑)。と母ちゃんが言い出したのが今回の家族旅行のきっかけ。海外にいる僕と自営の母ちゃんと自営の妹と公務員の父ちゃんとで8週間後にオーストラリア旅行する予定を決めた。改めて思うのは忙しいってしょっ中口にする人は相当忙しいんだろうな(笑)。それこそ10年以上ぶりの家族旅行で、初めての海外旅行、もしかしたら最後の家族旅行。僕のスタンスと両親の自分達の体力を加味して決めたんだとしっかり伝わった。

それにしても僕は母ちゃんの息子だって自分でも感じる。このブログでもインスタでも何度も言っているが、これらSNSを通じて会いたい、話してみたい。と有難いことに声を掛けてもらえることがある。いつこっちの方来る予定がありますか?〇〇を用意して歓迎の準備をしています。ってね。え?お前が会いたいから、お前が話してみたいから、俺がお前に会いに行くの?って。お前がオーストラリアに行きたいからオーストラリアがビザを配給してくれるのか?お前が腹減った時に料理を振る舞ってくれるのか?でもそいつらからしたら、そんな会話が日常なのだろうと思えば、少し心穏やかになれる。

つい先日もあったんよね。’ブログ読んでうちの会社で働いてほしいと思った。話を聞きに来てください’って。こっちは興味ないのに、話を聞かされに俺がわざわざ行くの?って。

家族がオーストラリアに来る

そうなると僕は家族に友達に会いたくないのか?順番は後列なのか?って言い回しに見えちゃうね。でもそんなことはなくて、キリがいいところで帰ろうとは思っているんだけれど、中々そのキリが来ない。人生にいいキリはないからね。みんな年や年度、周年を基準に無理くりキリを作っているのだろう…。僕で言うとここ5年はビザが切り替わるタイミングかな?

家族との時間

繰り返しになるが、この5年家族に会えない日常生活を送っている僕からすると凄く居心地のいい時間だった。僕はホームシックという感覚になった事はないが初めて英語で言うところのMiss youって感覚を覚えた。とは言え、この5年で2度帰国している。日本に帰った時は僕が帰国したって感覚が強く、あまり思わなかったが、家族が僕のところまで来たらそのMiss youって感覚を覚えた。不思議だね。

家族に何かあってもすぐに行けないし、もし僕に何かがあって家族がもう僕の顔を見られない事だってあるかも知れない。会いたい人には時間を作って会える時に会っておいた方がいいと思うな。