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家族支援に重要な事は物理的距離だと感じた2026年始

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30代で家族支援

世界のどこかで明けましておめでとうございます!ツヨシ(@tsuyoshi)です!

日本へ完全に帰国してから丁度1年が経った。実は2019–2020振りの日本での年末年始だったので、久しぶりな初詣に訪れたり、’良いお年を’だなんてフレーズを言ってみたりと、今年は 寒い冬でもほんの少しだけ暖かい気持ちになれた。

 
何度も説明しているが、これは僕が後から見返した時に、あの時にどう思っていたか!と振り返りになったり、家族の事を思い出せる様に残している家族支援の記録。
 

さて、家庭内の空気感に疲れを感じたので2ヶ月休憩をしていたが、2026年始からはフルタイムでの家族のサポートに戻る。主は父親の送迎なのだが、今年度を持って役職を降りる父は、新年度以降の必要以上な会や議への参加が減る為、動きや時間が安定するので、僕は非常に助かる(他の予定も都合付けやすい)。病院に関しても、各所を慣らすと大体2-3週に1度と一定的で、更には1-2ヶ月前予約もあって、これもまた予定が把握しやすい。ただ、コレクション癖で、殆ど病院と同じペースで数千円から数万円の何かしらがメルカリから届く日常は相変わらず…。更には祖父(本人の父親)との仲は最悪だ。同敷地内、別棟で生活しているが、自分がしてもらえている事を、自分がしてあげられないので、強がっているのか、変な距離感になっているのだろう…。ここの間にも近い未来 僕の介入が想定される。

そんな祖父。昨年はとうとう手が出る様になってしまい、僕ら家族の中で、終始怒った真顔が “お爺ちゃんの顔” に書き換えられ始めた…とは言え、大好きな孫(偶に実家に帰る僕の妹)が居たり、色んな人と電話をしたり、会ったりする年末年始だった事もあり、比較的 喧嘩口調ではない怒った真顔だった笑。息子一人、孫二人しか居ない祖父だが、僕らから少しでも奢らせる、余分にお金を払って貰いたい、みたいな姿勢は変わらない様子。他所様は感謝とお返しが来るが、あなた達はありがとうの言葉だけだから、何かをするメリットが無い。と愛想も無く吐露していた…。

そして祖母。僕は若干 共感が出来る部分もあるが、時間感覚が日付から曜日に変わって来ている。先日も自分の誕生日がよく分からない様な反応だった。瞬きの度に動きが遅くなり、腰が曲がっていく。動かなくなると、動けなくなり、体が変形していく。そんな人間の過程みたいな物を見ている気分になる。動かなくなる程に口数も減り、目も合わせなくなってくる。先々週には免許証も書き換えたので、本人はまだ ‘3年間の運転をする資格’ があると思っているかも知れないが、荷物が持てない、杖が2本若しくは歩行器がなくては歩けない、20年近く身体障害者で足を引いている。←でも国の定めた認知症テストを合格(本人曰く、半分くらい何を言っているか分からなかった)したから免許証を発行します。免許証返納しても、何も補助がないです。あ、新車買って安全走行オプション付けたら補助金出します。←こんな現状には些か疑問だが、僕らとは違って身内が周りに居ない人もいるであろうから、一概に意見を大声には出来ないのも理解している。

概ね こんな感じである。祖父からお前達の支援は要らない、家族だと思っていないし、お前達が今後どんな風になっても興味がないし、関係ない!と啖呵を切られた事は、僕が家族に切った啖呵だと思い込み、勘違いして、嫌われたので、実家を出たのが昨年2025年の11月。久しぶりにあった際に、何しに帰って来ただ!とは言われたものの、一緒にご飯を食べられたので、一定の物理的距離を保つと言う事はとても重要だとこの2ヶ月で改めて感じた。我々サポートする側にも受け手にも個人差があるので一括りには出来ないが、うちの祖父母の場合は、暴言は吐くが、体を動かせる祖父と、体は動かせないが、資格上運転が可能な祖母という絶妙なバランスで成り立っている。先は見えないが、想像するに、父のリタイア(3年後くらい予定)辺りから、祖父母の支援若しくは施設入りになるのではないかと今は想定している…。

–✈︎—-✈︎—-✈︎—-✈︎—-僕はこんな人—-✈︎—-✈︎—-✈︎—-✈︎-

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